07月04日
横根平子のまちづくりを考える会主催 歴史おさんぽ会ガイド
本日のお客様は、横根平子のまちづくりを考える会主催、 歴史おさんぽ会に参加された42名様です。
ガイド2名で明神樋門、明神川逆水樋門、藤井宮大明神御酒瓶子について説明しました。
まずは、藤井神社境内で午前10時に会代表の鷹羽さんが、挨拶とコース説明しました。
次に明神樋門に移動しました。
明神樋門については、
江戸時代の樋門はすべて木製だったので、災害等により度々破損し、川の管理維持は、村々の立場を含めて複雑となり、以後、水との闘いの歴史を物語っている。村人への改修の負担が大変なものであった。
樋門は明治 24 年 ( 1891 ) の濃尾地震で樋門が破壊されたので、明治 26 年に修復完成した。その後明治 29 年の大洪水で破損、翌年 ( 同 30 ) に補修した。明治 34 年に大工事に着手し、翌年 ( 同 35 ) 3 月に完成した。
明治 34 年の大工事は、服部長七が考案した人造石工法により改修工事が行われた。「 長七たたき 」 と呼ばれ、日本の治水工事に大きな貢献をなした。
「 長七たたき 」 とは消石灰と真砂 ( サバ土 ) とを混ぜて、水で練ってたたき固めたもので、水中での凝固を可能にし、コンクリート工法が普及するまで広く使用された。明神樋門は、驚くべきことに竣工から 120 年以上経過した現在も堅牢な姿を留めている。県下に残る人造石工法の樋門では最初期のもので、市域に残る貴重な近代化遺産の一つであり、令和3年2月に国の登録有形に登録されました。なを、樋門の上部は明神川が流れ、天端幅約 10 m、長さ 15 m、高さ 6.4 mであると説明しました。
明神川逆水樋門につきましては、令和3年2月に国の登録有形文化財なったこと、構造、形式、大きさ、建設年度、特徴について説明しました。
薬師寺駐車場 藤井宮大明神御瓶子の出土場所へ移動しました。
藤井宮大明神御瓶子出土場所で、
藤井神社の社宝の一つの御神酒を入れる壺、瓶子(へいじ)があります。
これは鎌倉時代のもので、「藤井宮大明神御酒瓶子」の陰刻がなされており、当時すでに藤井宮大明神がここに存在していたことを証明するものです。
明治十九年に発掘された上質の焼き物です。
高さ22cm、口径10cm、胴径19cm、底径10cmで、灰白色の土質で焼きしまっています。
一部は欠損していますが、ほとんど完全な形ですと説明しました。
ここで、ふるさとガイドおおぶのガイドの役割は終了しました。
次は、明神川レンガ用水路に移動しました。
明神川レンガ用水路につきましては、会代表の鷹羽さん、愛知大学天野先生が説明されました。
これで歴史おさんぽ会は終了しました。
歴史おさんぽ会の皆様、横根平子まちづくりを考える会の皆様、ふるさとガイドおおぶにガイド依頼をして頂き有難う御座います。またのご縁を期待しています。
よろしくお願いします。